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東京地方裁判所 平成11年(ワ)7143号 判決 2000年6月29日

原告

日動火災海上保険株式会社

被告

須藤優

ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金八〇万円及びこれに対する平成一〇年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、無免許運転でセンターラインを越えて走行した貨物自動車が、対向車両と正面衝突した交通事故について、対向車両に関し車両保険金を支払った保険会社が、無免許運転であることを知りながら貨物自動車に同乗した者とその両親に対し、民法七一九条、民法七〇九条に基づき、求償金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いがない)。

(一) 発生日時 平成九年七月二五日午後三時ころ

(二) 事故現場 埼玉県東松山市大字石橋一六四三番地二先路上

(三) 加害車両 水野真澄が運転し、被告須藤優(以下「被告優」という。)が同乗していた普通貨物自動車(熊谷四〇ほ四六一二)

(四) 被害車両 簑輪善之が運転していた普通貨物自動車(所沢四四ぬ六八六六)

(五) 事故態様 被害車両が事故現場付近に差し掛かったところ、突然センターラインを超えて反対車線に飛び出してきた加害車両が、被害車両の前面に衝突し、被害車両は大破した。

2  損害

有限会社大日商事(以下「大日商事」という。)は、本件事故当時被害車両を所有していたが、本件事故による被害車両の損傷状況は、修理費として八五万四六四八円を要するものであった(甲二の1ないし4、三、五の6)。ところが、被害車両の本件事故当時の時価額は八〇万円であったので、大日商事は、いわゆる経済的全損として八〇万円の車両損害を被った(甲三)。

3  車両保険金の支払

原告は、平成八年八月ころ、被害車両について、大日商事と、期間を同年九月一日から一年間とする自家用自動車総合保険契約を締結し、平成一〇年一月二九日までに、大日商事に対し、この保険契約に基づき、車両保険金として八〇万円を支払った(甲四、弁論の全趣旨)。

その結果、原告は、商法六六二条により、大日商事が有する損害賠償請求権を代位取得した。

二  争点

争点は被告らの責任原因であり、原告及び被告らの主張は次のとおりである。

(一)  原告の主張

水野真澄は、無免許運転の上、運転が未熟であったか、そうでなければ居眠り運転をして、蛇行しながらセンターラインを越えて本件事故を発生させた。被告優は、水野真澄が原動機付自転車の運転免許しか保有しておらず、自動車の運転免許を保有していないことを知っていたのに、祭り見物ないし暴走族見物に行くため、水野真澄に対し、「車で行くか。」と話しかけた。そして、それに同意した水野真澄運転の加害車両に同乗し、無免許運転を共謀して本件事故を発生させたのであるから、被告優は、民法七一九条、民法七〇九条に基づき、大日商事に生じた損害を賠償する責任がある(原告の主張は、民法七一九条、七〇九条に基づくものと理解できる。)。

また、被告優は、本件事故当時未成年であり、被告須藤哲夫(以下「被告哲夫」という。)及び被告須藤純子(以下「被告純子」という。)は、被告優の両親であった。そして、被告優は、高校通学中に二週間以上も外泊を続けて被告哲夫らから連絡を取ることができなかったことがあったこと、被告優が水野真澄と交友関係にあり、水野真澄が犯罪で逮捕されるなど素行が悪かったことを知っていたこと、被告優は暴走族に加わって傷害事件を起こしたこともあることを総合すると、被告哲夫及び被告純子は、被告優が再び傷害事件を起こさないように、あるいは、第三者に損害を与えないように適切に指導する注意義務があった。ところが、被告哲夫及び被告純子は、これを怠り、全く監督をすることなく被告優を放任した結果、被告優は水野真澄と無免許運転を共謀して実行し、本件事故を発生させたから、民法七一九条、民法七〇九条に基づき、大日商事に生じた損害を賠償する責任がある(原告の主張は、民法七一九条、七〇九条に基づくものと理解できる。)。

(二)  被告らの反論

被告優は、水野真澄が従前から勤務していた露天商での仕事に一緒に向かう途中に本件事故に遭ったものであるが、露天商の準備には一切関与していないし、目的地も細かい場所までは知らなかった。また、被告優は運転免許を有しておらず、自動車の運転をしたこともなかったから、被告優に運転方法や経路を指示したこともなく、ただ同乗していただけである。したがって、水野真澄に運転を行わしめたとはいえないし、また、本件事故は水野真澄の居眠り運転が原因であるから、被告優が水野真澄の無免許運転を認識していたとしても、そのことと本件事故の発生は相当因果関係がない。

したがって、被告優は不法行為責任を負わないし、そうであれば、被告哲夫及び被告純子も不法行為責任を負わない。また、被告哲夫及び被告純子には、水野真澄の居眠り運転を誘発するような被告優に対する監督義務違反はない。

第三争点に対する判断

一  本件事故に至る経過及び事故態様

前提となる事実及び証拠(甲五の1ないし3、8、10ないし13、乙一、被告優本人[一部])によれば、次の事実が認められる。

(一)  水野真澄(昭和五五年一〇月一九日生)と被告優(昭和五五年九月三日生)は、小学校からの友人であり、本件事故当時、被告優は高校二年生で、水野真澄は、父親と塗装業の仕事に従事していた。

被告優は、平成九年七月二五日、祭りに行くため、水野真澄が、原動機付自転車の運転免許しか保有していないのに自動車を運転することができたことに思い至り、自動車で行こうと提案した。そして、水野真澄が、露天商を営む知人が所有する加害車両を運転し、被告優はこの助手席に同乗した。

なお、水野真澄は、父親が使用している軽トラックを運転して操作方法を覚え、また、友人の自動車を運転したことがあったため、運転免許を保有していなくても、自動車を運転することができた。また、被告優は、水野真澄と同じく、原動機付自転車の運転免許しか保有していなかった。

(二)  水野真澄と被告優は、発車当初は話をしていたが、被告優は、居眠りをしてしまった。水野真澄も、途中居眠りをしかけたことがあり、本件事故現場付近でも、居眠りのためふらふらしながら走行した。その際、簑輪善之は、被害車両を運転して対向車線を走行してきたところ、ふらふら走行してくる加害車両に気がつき、道路左端に寄ってブレーキを踏みながら走行した。ところが、加害車両が突然被害車両の車線に進入してきたため、簑輪善之はさらに強くブレーキをかけたが間に合わず、停止直前に加害車両と正面衝突した。

以上の事実が認められ、被告優本人の供述中、右認定事実に反する部分は、前掲各証拠と対比して直ちには採用できない。

二  被告優の責任原因

一の認定事実によれば、水野真澄は無免許運転ではあったが、本件事故の直接の原因は、水野真澄の居眠り運転にあり、このことに無免許であることが寄与しているとは認められない。したがって、被告優が、水野真澄の無免許運転を教唆あるいは認識した上で同乗したとしても、そのことと本件事故の発生は相当因果関係がなく、これにより生じた大日商事の損害を賠償する責任はない。

三  被告哲夫及び被告純子の責任原因

証拠(被告優本人、被告純子本人)によれば、被告優は、高校生になってから、傷害事件を依頼したとのことで家庭裁判所に送致された以外には、これといった非行歴はなかったこと、無免許運転などで警察等から指導を受けたことはなかったこと、水野真澄は補導歴などがあり、被告純子はこの事実を風評により知っていたこと、被告優が高校に入学した後も、水野真澄が被告らの自宅に遊びに来たことがあること、被告優は外泊をして自宅に帰らないこともあり、被告純子は、その間、被告優の所在を把握していないことが認められる。

この認定事実によれば、少なくとも、被告優が高校に入学してからの行動は、傷害事件の教唆や補導歴等のある水野真澄との交友も含めて、必ずしも問題がなかったとはいえず、被告哲夫及び被告純子は、水野真澄の行状に関する風評なども認識していたのであるから、被告優の年齢、日常生活の状況、交友関係等に照らすと、水野真澄に関連して何らかの問題行動を起こす可能性を認識することができた余地があったことは否定できない。しかしながら、被告優は、少なくとも、交通関係に関しては問題行動を起こしておらず、被告哲夫及び被告純子は、水野真澄が無免許運転をしたことがあることを認識していたと認めるに足りる証拠はないから、水野真澄が自動車の運転により交通事故を起こし、かつ、被告優がこれをそそのかしたりするなどの行動を具体的に予見することまでは困難であったといわざるを得ない。

二で検討したとおり、そもそも被告優に不法行為責任は認められない以上、被告哲夫及び被告純子も、同様に不法行為責任を負わないが、これをさておくとしても、右によれば、被告優が、自らの作為によって第三者に対し損害を与えないように適切に指導する注意義務を認めることはできても、被告優が、無謀な運転をする車両に乗車しないようにしたり、乗車した場合に運転者に無謀な運転をさせないように監視あるいは注意をするように指導する注意義務まではないというべきである。したがって、被告哲夫及び被告純子には、被告優が無免許運転の自動車に同乗したことについて過失はなく、いずれにしても、大日商事に生じた損害を賠償する責任はない。

第四結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 山崎秀尚)

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